夢の夢
日本のコメ農家は現在、約70万人という。10年前の約140万人から半減した。70万人が1億2千万人の主食を支えている。その70万余のコメ農家の平均年齢は約68歳で、この10年、毎年1歳ずつ上がっている。このままいくと、今年67歳の私は、平均を超えることなく、天寿を全うすることになる。その他の野菜、果、酪農、畜産を入れた農家全体も、この10年で、約240万人から約136万人へとほぼ半減している。また、今年の新規農業就業者数(49歳以下)は全国で2,650人という。この数は、大手スーパーー社の単年度新入社員数とほぼ同じである。
原因を農政のせいにすることは簡単だが、重労働に見合わない収入、詰まるところ、「農業では食っていけない」からである。そんな中、昨今のコメ価格の高騰は、今、農村で起きているこのような負のループに緩やかなブレーキをかけてくれている。一昨年、5kg2,500円の白米が、去年5,000円となり、今年は去年以上になるとの観測が専らだ。ただ、この価格高騰も、生産者からみれば、「やっと、少し儲けのでる値段」で、酷使した機械の修理や作業場の補修に回せるお金がやっとできたというのが実感である。これまで茶碗一杯25円だった安全でおいしいご飯が、50円になって、これからも安定して食べられるとなれば、都市生活者にとっても決して高くはないはずだ。そして私も、そう遠くない将来、晴れて農家の平均年齢を超えることができるのである。
近年、親しい友人知人が相次いで逝った。そのうちの3人は、私の作品を見続けてくれた恩人でもある。作家は誰しも、自分の作品に対峙し、完成が見通せたとき、その作品の批評を乞いたい相手がいる。もっと端的に言えば、どうしても見てもらいたい人がいる。私には、指折り数えて20人位か。彼らが画廊に来て、時候の挨拶が終わるより早く、作品に眼を向け始めると、私は、中学生の時の初めてのデートの時のように、ドキドキして下を向いてしまうのだ。しかし、これが個展をする醍醐味だ。
その一人だった加藤真治君は、美大人から大学まで一緒の親友だった。予備校の夏休みの宿題で、F30号のカンバスに、母の実家の乳牛を描いて出したら、合評会で大笑いされたが、彼だけは感心してくれた。その時、彼は私に「変態ロマンチスト」というあだ名をつけた。私は今もこのあだ名が気にいっている。自分にはない他者の才能や感性に敏感に反応し、それらを尊ぶ謙虚さ、態度を私は彼から学んだ。
もうひとりの十倉宗晴さんは、北鎌倉で「ジ・アートスペース・ポラリス」という画廊を主辛していた。20数年前、トキ・アートスペースで農土を使った展覧会を見てくださり、画廊オープンの展示を託された。100✕100✕25cmに型取られ、垂直に立った農士は、北鎌倉の小高い山の中腹に建てられた画廊でひと月の間、呼吸をしていた。
あとひとりは新里陽一さん。私が発表を始めた80年代中頃、神田界隈の画廊で知り合った。彼はシャイで礼儀正しい方で、お酒が入ると芸術論を熱く語った。雫石のアトリエで個展をさせていただいた際、地元のお仲間の方が天然のブナシメジを山から採ってきてくださり、ご馳走してくれた。
3人とも自分の夢のまた夢にまっすぐに突き進み、生き切った人生だったと思う。
それに引き換え、私はどうか。
散るさくら残るさくらも散るさくら 良寛
夢で夢を見る力など、残っているのだろうか。
野村俊幸
|