TOKI ART SPACE
トキ・アートスペース

 
井上練子 展
Neriko INOUYE

カモが空飛ぶ
-陽気なマレビトたち-

2026年6月2日(火)- 6月7日(日)
12:00 - 19:00 最終日17時まで

  Artist's Comment

夕暮れ、森の上を2羽のカモが飛んでいく。
なにか大事な約束でもあるかのように、まっすぐ山の方へ飛んでいく。
不思議と無音だった。
その無音にとても心揺さぶられた。
10月、K川に多くの水鳥がやって来る。
越冬に来るのだ。
カモだけでも約10種。
冬の風物詩ユリカモメの群れが加わると、水面はとても賑やかになる。
彼らの飛来は決まって10月であり、それより早いことはなく、次の月にずれ込むこともない。
ぱらぱらと数羽の飛来に気づいた次の日、急に数を増す。
その正確なタイミングにはいつも驚かされる。
冬、川岸に沿って歩く。
橋を挟んで上流、下流へ3キロほど。
小さなコンパクトカメラを持って。
数年前からは双眼鏡も加わった。
顔なじみも増えた。
散歩が目的の人もいれば、本格的な探鳥家もいる。
初秋、水鳥の飛来を楽しみにしている人は少なくない。
───
───
もう来ましたか。ちゃんとわかって来るんですね。偉いですね
今年は出足が遅いな。去年は、今頃たくさんいたのに
水鳥たちの飛来で季節を喜ぶ。
順調に数が増えると嬉しくなり、少しでも遅いと心配になる。
皆、思うところは共通している。
初春3月。
ある日、ふいに水鳥たちは消えてしまう。
何の兆しもなく、無言で。
北帰行は突然やってくる。
だが、かなりの数の少数派は、居残っている。
桜が散っても、カモたちは、ぴゅーぴゅー、がーがーとよく鳴きあっている。
集団を作ったかと思えば、すぐケンカをする。
昼間はたいてい昼寝をしている。
ぷかぷかと浮かびながら、気持ち良さそうに寝ている器用なものもいる。
草を食べるのに夢中で、人間に気づかず、慌てる様子のものもいる。
慌てたはいいが、飛び立つのにとても体が重そうだ。
実際、カモたちは大空でスイスイと滑空しない。
大空ではいつも羽根を動かしている必要があるらしい。
鴨猟で難なく捕まるのも分かる。
人間に近いところで賑やかに暮らしているカモは、なんとも微笑ましい。
同じカモ類でも、白鳥の飛来と北帰行(出現と消滅)はとても正確だ。
真っ白で大型の鳥の群れは、
カモたちより厳密に時間を守る。
ある年の11月中頃、白鳥の群れを見に行く。
日本海に面する広大な稲作地帯。
初冠雪を記録した日だった。
まだ、二番穂が青々としていた。
何千という数の白鳥がねぐらをとる水湖を訪れた。
その光景は、とても現実のものとは思われなかった。
白鳥の白さは、つや消しの白で、周囲とは決して馴染まない。
美しいような、怖いような光景だった。
日本では、白鳥は古来より、民俗学、信仰、伝説、神話として重要な位置にある。
青森の平内では、近代まで白鳥信仰が存在し、
アイヌや蝦夷が居住していた時期まで遡る。
日本書紀によると、ヤマトタケルノミコトの死後、魂は白鳥になって大和へ飛んでいく。
白鳥は、この世ではない何処かと繋がる存在だ。
ふいに現れ、しばらく滞在し、そして突然消えてしまう。
そして、ある時、また姿を現す。
定期的に。
とても正確に。
日本には、そんな訪問神が存在する。
訪問神は決して唯一神ではない。
祭り、儀式、お盆や正月などの節目に来る神や、祖先の霊がそれに当たる。折口信夫はそのような存在を「マレビト」と名付ける。
「マレビト」は神であって、人でもある。
「マレビト」とは、所謂、”異世界から稀に来る客人”だ。
「マレビト」という定義の幅、懐深さが、実に日本的で、私は親しみ深さを感じる。
白鳥は紛れもなく「マレビト」的な存在だ。
「結界」である水辺に現れる、真面目なタイプの「マレビト」だ。
白鳥が、遠く約4000キロも離れたシベリアの地から渡って来るのは知られた話だ。
そんな極北の地から飛来する「マレビト」は、今もって崇高な存在だ。
一方、呑気なカモたちは、さぞかし近距離をうろうろしているのだろうと想像するが、実のところ、ユーラシア大陸北部、極東ロシア、北アメリカ寒帯から飛来する。
はるばる数千キロの旅路をやってくるのだ。
白鳥とそう変わらない。
カモが陽気かわからない。
K川のカモは、信仰対象ではないが、彼らの飛来は我々を笑顔にする。
K川のカモは、魂を運ぶ大役を任されてはいないが、我々は、すべてのカモが安全に北へ帰れる事を願っている。
カモが陽気かどうかはわからない。
ただそんなふうに見えるだけかもしれない。
だけど平内の住人やアイヌの人々とは、神話を共有できるかもしれない。
神話は、歴史を超越し、現在進行系で語られるものだから。
折口信夫は、何よりも「実感」を大切にした。
「自分の感覚」で以て持論を展開した。
カモがはたして陽気かはわからない。
しかし、K川のほとりの我々住民にとって、
カモはれっきとした「マレビト」だ。
「実感」を伴う、れっきとした「マレビト」だ。










井上練子 Inouye Neriko

略歴
1997- 洋画家中野庸二氏に師事
2002 京都造形芸術大学通信教育部洋画コース修了

個展
2024 日溜りに遊ぶ (ギャラリー白/大阪)
2021 小さな訪問客 (TOKI Art Space/東京)
2019 私小説 (TOKI Art Space/東京)
2019 地球に触れる(THE TERMINAL KYOTO/京都)
2016 Plastic Park あの公園で会いましょう。 (GALLERY ARTISLONG/京都)
2015 色彩と元型の研究(ギャラリー白/大阪)
2012 the Cords -∞- (TOKI Art Space/東京)
2011 -layer- (ギャラリー白/大阪)
2009 PLANTS PLANET(ギャラリーa/京都)

グループ展
2020 Artists’ Crossing 2020(楓ギャラリー/大阪)(ART SPACE ELICONA/福島)
2020 9 月の版画展(ギャラリーKINGYO/東京)
2019 Art Sort Boot (gallery Main/京都)(Lumen gallery/京都)
2018 Art Sort Boot (gallery Main/京都)(Lumen gallery/京都)
2017 7 人の絵画展(京都)
2017 Neriko Inouye×Izumi Shimada(同時代ギャラリー/京都)
2013 リキテックスアートプライズ 2013(3331 Arts Chiyoda/東京)
2010-2019 二科展出品
1999-2009 MONA 展(ギャラリーa/京都)

受賞歴
2021 アワガミ国際ミニプリント展 2021 入選
2016 第 51 回関西二科賞
2015 第 50 回関西二科展 第 50 回記念賞
2013 リキテックスアートプライズ 2013 入選
2012 第 97 回二科展新人奨励賞



 

トキ・アートスペース
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